当研究室では、2016~2017年度に、一般財団法人民間都市開発推進機構の都市再生研究助成を受けて、「地方都市における災害時帰宅困難者問題への対応及び地域内連携の研究」(担当研究者:寅屋敷哲也、共同研究者:丸谷浩明)を実施し、2018年3月に報告書を取りまとめました。
また、この調査に基づき、関係地方公共団体、鉄道事業者など関係者の皆様に、読みやすく対応を開設する資料として、「地方都市の帰宅困難者問題対応ガイド」(著者:丸谷浩明・寅屋敷哲也)を作成しました。これらの調査成果を公開いたします。
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「地方都市における災害時帰宅困難者問題への対応及び地域内連携の研究 報告書」
担当研究者:寅屋敷哲也、共同研究者:丸谷浩明
「地方都市の帰宅困難者問題対応ガイド」
著者:丸谷浩明、寅屋敷哲也
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、東京での震度は5強以下で建物被害はさほどなかったが、帰宅困難者が大量に発生し大きな混乱が生じた。このため、近い将来発生が懸念されている首都直下地震に備えて、帰宅困難者への対策が急がれることが改めて認識されることとなった。
関東においては、内閣府が首都直下地震の対策の中で帰宅困難問題の検討も開始した。首都直下地震(東京湾北部地震M7.3)の被害想定(2004年)では、首都圏の帰宅困難者を約650万人、うち東京都は約390万人と推計し[1]、これを受けた首都直下地震対策大綱(2005 年9月中央防災会議決定)[2]では、一斉帰宅行動者を減らす対策、安否確認システムの活用、徒歩帰宅支援及び搬送を対策としてあげるとともに、周辺地域の救援活動として、帰宅困難者の救援活動の担い手としての役割を、国、地方公共団体、企業が検討することとなった。
次に、2008年の内閣府の「帰宅行動シミュレーション結果」[3]では、何も対策を講じなければ、東京23区から出発する帰宅困難者は満員電車状態(1m2当たり6人以上)で3時間以上歩く人が183万人になると推計されるなどの結果となった。この状態ではビルからの落下物があっても回避できない。
出典:内閣府「帰宅行動シミュレーション結果」(2008年)
図4-1 首都直下地震での帰宅行動シミュレーション(出発地別・基本ケース)
(満員電車状態の道路上の滞在時間別の人の割合)
一方、東京都も東京湾北部地震を前提として「首都直下地震による東京の被害想定」[4]を2006年5月に公表し、これにも帰宅困難者数の予測が含まれている。
また、関東地方でも、企業と連携した災害時帰宅支援ステーションの取組が9都県市により行われており、企業との協定は2005年から始まり、2012年1月現在で22社1万6,250箇所となっていると報じられている[5]。
2011年3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖震(東日本大震災)では、東京都内は震度5強以下の揺れであったが、首都圏の鉄道(地下鉄を含む)のほとんどが点検のために運行を停止した。被害個所は多くなかったものの対処に時間を要し、JRは首都圏各路線の復旧を翌土曜日の朝からと発表するなど、鉄道の混乱は翌日まで続いた。
一方、道路については、鉄道の運行停止による大量の代替交通需要の発生(都心部への迎えの車も含む)に加え、首都高速道路が点検のため全面的に閉鎖された影響も受け、都内全域の幹線道路に大渋滞が発生し、このため、バス、タクシー等が実質的に機能しなくなった 。これらにより、公共交通機関を使って通勤・通学している人々の帰宅手段が失われ、首都圏において 約515万人(内閣府(防災担当)推計)[6]に及ぶ帰宅困難者が発生し、幹線道路を長時間歩いて帰宅した者のほか、都心部や帰宅途上で急遽提供された休養施設で宿泊をする者も多数にのぼった。
なお、2011年9月21日に関東地方を襲った台風15号でも、首都圏の公共交通機関のほとんどが運休になり、夜9時頃に台風が過ぎ去って順次再開するまでの間、帰宅困難が発生した[7]。
東日本大震災における東京の帰宅困難者の問題は、首都直下地震発生時にはさらに大きな問題となると予想されるため、対策を一層強化・加速していく必要性が広く認識されるようになった。
首都直下地震発生時に予想される帰宅困難者の最新の推計値は、東京都の地域防災計画(2012年修正)をみると、東京湾北部地震における被害想定として、最大5,166,126人である(都内滞留者数は最大 13,874,939人)。このような膨大な数の帰宅困難者へ対応は、国、地方公共団体の対応だけでは全く不十分であり、企業をはじめ民間主体との連携・協働が必要不可欠である。このため、東京都及び内閣府防災担当は、次のような対応を実施してきている。
東京都は、2012年3月に東京都帰宅困難者対策条例を制定した(2013年4月より施行)[8]。その概要は次のとおりである。
なお、東京都の猪瀬副知事(当時)は、帰宅困難者が多数発生するとみられる他の近隣自治体にも、帰宅困難者対策の条例の制定を促す発言をしている[9]。
内閣府(防災担当)及び東京都は、関係機関の協力を得て、2011年9月に、「首都直下地震帰宅困難者等対策協議会」(以下、「対策協議会」という。)を設置し、対策の検討を開始した。2012年9月の同協議会の最終報告[10]では、一斉帰宅の抑制策として、
等を示した。また、一時滞在施設の確保として、
等を示している。
首都圏の企業は、大企業を中心に既に協力姿勢を示すところも多い。しかし、帰宅困難者問題への協力において、個々の企業の負担能力を上回る費用や労力が求められるなら、協力は得られにくくなる。この面では、対策協議会の場では、企業の備蓄費用に公的支援を求める意見とともに、一時滞在施設の施設管理者に対する損害賠償請求に関する免責についても要請がなされた[11]。行政側からは、企業も自己負担をすべきとの回答があったが、官民の議論は続いている。
帰宅困難者対策に協力する場合の企業側の懸念を例示すると、次のとおりである。
a)自社社員向けの備蓄のコスト
b)一時滞在施設の帰宅困難者向けの備蓄のコスト
a)安全確保の程度
b)訓練や人員体制整備の労力
a)帰宅を希望する社員を引き止められるか
b)社員(及び業務来訪者)向けの備蓄は足りるか
c)留め置いた場合の社員の安全確保
d)帰宅を許容した場合の安全確保責任
a) 一時滞在施設の安全確認
b) 収容予定人数以上が押し掛けた場合の対応
c) 部外者立入禁止区域との区分がうまくできるか
d) 滞在者の喧嘩等による他者への被害や迷惑行為を行う者の扱い
e) 一時滞在者にボランティアを頼む場合の安全管理
f) 誤った安全・交通情報の提供による退出滞在者の事故
g) 災害発生時の備蓄品提供費用